C生誕地


●生誕地
 蒲生先生は今から二百二十九年前明和五年に、宇都宮新石町の油商兼農業を営んでいた福田又右衛門正栄の四男として生まれた。二百年以上前のことであり生家はもち論あと形もなく、その敷地は現在町名改め小幡町一丁目の小野瀬ビルの跡となっている。ビルの裏手西北隅の元生家のあった所に『蒲生君平先生誕生之地』と刻まれた高さ一米半ばかりの石柱が立って僅かに跡をとどめている。
 これは昭和五年十月丗日教育勅語渙発四十年を記念して、下野史談会と新石町一同の手になったもので、大通りに面してあったものをビル建設に先立って移したものである。
 石柱表の字は当時の市長石田仁太郎氏の揮亳に成る。平成二年四月四日ビル建設と同時に所有者小野瀬フクさんは自費を投じてビル玄関前の壁に蒲生先生の誕生の地であることと偉業をたたえるパネルの碑を取り付けた。パネルは先生の画像、略歴、年譜を金属パネルに特殊印刷したものである。この計画に当たって小野瀬さんは『先生の偉業を広く知って貰えばと発案、市の文化財保護審議副委員長等のアドバイスを受けた。この地に住む者として当然』と語っている。夜間も上部からの照明でライトアップされ、表を通る人の目に触れ先生の偉業を知るのに役立てば幸いである。