栃木県宇都宮市鎮座

蒲生神社
合格祈願・学問の神様









|
|

御 由 緒

| 蒲生君平先生 【明和五年(1768)〜文化十年(1813)】 |
|
蒲生君平先生は宇都宮市に生まれた江戸後期の学者である。祖先が会津藩主蒲生氏郷公であることを知り蒲生の姓を名乗った。幼少より学問を好み、多くの先生に学び交わり、全国の天皇陵や旧蹟を巡りて、『山稜誌』を著した。晩年は子弟に学問を教えながら、著述に励むも、志半ば、四十六歳をもって江戸に没した。明治二年十二月、明治天皇は先生の功績を賞し、勅旌碑が建てられ、さらに明治十四年五月正四位を御贈位された。 |
学 問 向 上
合 格 祈 願
|

蒲生君平(がもうくんぺい) |
|
大正元年、蒲生君平先生九十九年祭執行の際、神社創建の話が起こり『蒲生会』が結成し、栃木県民あげての賛同により大正十五年七月に蒲生神社本殿が竣工された。その後、『蒲生会』は『蒲生神社奉賛会』となり県下をはじめ全国に多くの崇敬者を得て今日に至っている。蒲生神社例大祭は先生の命日である七月五日に厳粛に行なわれ、毎月五日には、月次祭が行なわれている。 |
|
|
寛政時代、林子平(宮城県仙台市)、高山彦九朗(群馬県太田市)と共に偉業が顕彰され、この様に称賛された。 |
|
著書『山稜誌』の中で前方後円墳という用語を初めて用い、名づけ親となる。 |
|
蒲生君平先生の高風を偲び教育書道向上のため昭和二十八年より毎年行なっている。 |
|